酔いどれ! 映画祭追想録
モスクワ映画祭やタシケント映画祭の日本代表団の世話役として活躍した筆者が綴る追想録!
タシケント国際映画祭
カンヌ映画祭に「影武者」が出品された年、タシケント映画祭に仲代達矢氏が参加されました。タシケント空港に出迎えたのですが、トランクが出てきません。モスクワ乗換え時に積み残したのではと、関係者が必死に探しましたが出てきません。不自由されたのに、仲代さんはひと言も文句を言われませんでした。(トランクが着かなかったり、少し遅れた事は何度もありましたが、皆大騒ぎで文句を言う人ばかりなのに…)
一年後トランクわ戻ってきた(ルフトハンザがパリで間違えていた)そうです。
映画祭の達人
映画祭の達人は丹羽高史さんです。
ポーランドのウッチ映画祭から戻ってきたばかりですが、また、インドのケララ映画祭に行かれるとのことです…
映画祭の達人
20年前、Nさんがタシケント映画祭に参加した。大手配給会社を退職し映画の前売り券の販売や学校での映画上映などを仕事にされていたのだが、もともと映画好き、旅行好き、パーティー好きで、独立された時より、映画祭に参加したいと言っておられたのだ… 彼はこのタシケントで、上映会場行きのバスに乗り遅れ、移動の手段がなく、途方にくれていたモントリオール映画祭事務局の責任者を世話したことから、モントリオールによばれ、その後、それこそ、毎月のように、世界各地で開催されている映画祭に次々と参加していく事になる。映画祭の達人のデビューである。
つい最近も、パリ映画祭やアルマトイ映画祭(いずれも日本人参加者は彼のみ)に行ってきたとのこと。
いつか、貴重な映画祭体験レポートを書いてもらいたいのだが…

1988年タシケント国際映画祭
ソ連時代、奇数年にモスクワ映画祭、偶数年にタシケント映画祭が行われていました。禁酒令が出ていた1988年。会食やパーティー等の公の場には、それは見事にアルコール類は一切でませんでした。ホテルでは売っているので外国人は困りませんが、ロシア人は配給と闇でしか手に入らないので、飲み助たちにはゴルバチョフのこの政策は不評でした。
この年のタシケント映画祭で映画公団との打ち合わせ時“コーヒー、紅茶、白いお茶、どれにします?”当然“白いお茶”と答えます。ウズベク独特の陶器の急須に入ったウォッカをお茶碗で飲む。 粋なものでした。ロシア人も飲み助が多いので、色々考えて客をもてなしてくれました。

ロシア映画社のホームページに扇先生のウラジオストック映画祭のレポートが掲載されています。是非、アクセスして下さい。

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