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| モスクワ国際児童映画祭 |
モスクワ国際児童映画祭でのグランプリは「おばあちゃんの家」だったが、その映画が上映された時、何の映画か忘れてしまったが、日本映画の予告編がついていた。韓国で上映されていた劇場プリントをそのままもってきたのであろう… そういえば、弊社配給の「こねこ」も待ちに待った最初にとったプりントの缶にオーストリアの児童映画祭のラベルが貼ってあり、缶を開けてみると、プリントには英語字幕があった。ニュープリントではなく、ユーズドプリントが送られてきたのだ。即送り返したが、思えばフィルム・トラブルは色々あったなぁ…
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| モスクワ国際児童映画祭のつづき |
昨日のブログで、モスクワ国際児童映画祭の審査員として参加した扇千恵先生とかきましたが、正確には審査委員長です。大変失礼致しました。ともあれ、ウイスキーのお湯割で悪寒をのりきった私は、コロソフさんから差し入れてもらったウォッカを、部屋の窓の外に積もった雪で冷やし、キンキンに冷えたウォッカを毎晩寝酒にするのでありました。映画祭閉幕前日、扇審査委員長の部屋に、昨年亡くなられたネーヤ・ゾールカヤさんが訪ねてこられました。扇さんが市場で買ってきたサラミなどを肴に、ネーヤさんがもってきたウォッカで再会を乾杯。思えば残念なことに、私にとっては、ネーヤさんとの最後の夜となってしまいました。合掌。
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| モスクワ国際児童映画祭 |
寒いこの時期になると、2002年暮から2003年1月6日、映画祭の審査員として参加した扇千恵先生と一緒に行ったモスクワ国際児童映画祭のことを思い出す。大みそかに零下のモスクワの街を歩いたせいか、風邪をひきそうになった。そこで宿泊の北京ホテルのバーで、ウイスキーのお湯割りを注文した。“ウイスキー15gにお湯を入れて”と。ところが、グラスを持つ事ができないほど熱い。何とか飲み干し、2杯目は“もっと温くして”と頼んだのだが、またまた熱い。もっとも、今度は氷を別途そえてきてくれました。
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| あいち国際女性映画祭’98 |
当初、ボブロヴァ監督を送りとどけるだけの予定でしたが、パーティーに出席、ウィル愛知の宿泊施設に泊まることになってしまいました。といっても女性のための施設ですから、門限は23時、”でらうまビール”を自販機で買い込み、3人雑魚寝とあいなりました。 映画祭期間中に9月6日に亡くなった黒澤明監督の葬儀が横浜であり、ボブロヴァさんもスケジュールの合間をぬって出席しました。
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| あいち国際女性映画祭 |
1998年のこと。あいち国際女性映画祭事務局から「遥か遠くで」の監督リディア・ボブロヴァさんの招聘を頼まれ、また、成田から会場まで連れてきてほしいといわれた。成田にはH君と西下外語教室の西下氏に出迎えをたのみ、私は東京駅で待ち合わせ名古屋へ向かった。 名古屋に着き、H君と監督は事務局が用意したタクシーに、私と西下氏も別の車で会場のウィ愛知に、が、着いた場所はとても映画祭の記者会見場とは思えない。指定の部屋にも誰もいない。ホールの受付に聞くと、ここは結婚式場との事。どうしてここに連れてこられたか…。 記者会見には大はばに遅れてしまいました。
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