酔いどれ! 映画祭追想録
モスクワ映画祭やタシケント映画祭の日本代表団の世話役として活躍した筆者が綴る追想録!
あいち国際女性映画祭’98
当初、ボブロヴァ監督を送りとどけるだけの予定でしたが、パーティーに出席、ウィル愛知の宿泊施設に泊まることになってしまいました。といっても女性のための施設ですから、門限は23時、”でらうまビール”を自販機で買い込み、3人雑魚寝とあいなりました。
映画祭期間中に9月6日に亡くなった黒澤明監督の葬儀が横浜であり、ボブロヴァさんもスケジュールの合間をぬって出席しました。

あいち国際女性映画祭
1998年のこと。あいち国際女性映画祭事務局から「遥か遠くで」の監督リディア・ボブロヴァさんの招聘を頼まれ、また、成田から会場まで連れてきてほしいといわれた。成田にはH君と西下外語教室の西下氏に出迎えをたのみ、私は東京駅で待ち合わせ名古屋へ向かった。
名古屋に着き、H君と監督は事務局が用意したタクシーに、私と西下氏も別の車で会場のウィ愛知に、が、着いた場所はとても映画祭の記者会見場とは思えない。指定の部屋にも誰もいない。ホールの受付に聞くと、ここは結婚式場との事。どうしてここに連れてこられたか…。
記者会見には大はばに遅れてしまいました。


惑星ソラリス
「惑星ソラリス」初公開時のパンフレットより(クリックすると、ロシア映画社パンフレット図書館のページへ!) 未来都市のイメージを求めて日本に撮影に来たタルコフスキーが撮ったのは東京の首都高速だけではなかった。日通航空のヘリコプターをチャーターして,大阪千里の万博跡を空撮したのです。

 惑星ソラリスを配給できたこともさることながら、この作品の製作の一端に関われた事を誇りに思うのであります。




惑星ソラリス
読売新聞から取材をうけていた惑星ソラリスの記事が12月3日に掲載された。その記事をみて、36年前にちょうどバイトに来てくれていて、いまや高名なF弁護士が忙しい中かけつけてくれた。
酔いどれ日記といってはいるが、これは酔いどれていたころのことであり、今現在は一滴も飲めない体になってしまった。F氏も酒はドクター・ストップとのこと。月日のたつのは早いものですな…
映画祭の達人
映画祭の達人は丹羽高史さんです。
ポーランドのウッチ映画祭から戻ってきたばかりですが、また、インドのケララ映画祭に行かれるとのことです…