酔いどれ! 映画祭追想録
モスクワ映画祭やタシケント映画祭の日本代表団の世話役として活躍した筆者が綴る追想録!
東京国際映画祭
昨日、ニキータ・ミハルコフ監督の話題作「12人の怒れる男」をみてきた。ニキータ監督について、またこれまで東京国際映画祭で来日され、われわれがアテンドしたロシア映画人について、後日、書くつもりだが、今年の東京国際映画祭の予告編にはあきれた。開催まであと一月というのに、上映映画について一切なく、映画祭のテーマはエコとのこと。レッドカーペットがグリーンカーペットに替わるとの事のみで…
神田の本屋
以前、神田駅前にあった“ブックファースト”がなくなったと書きましたが、いつの間にか、そっくりそのまま“啓文館書店”に変わっていました。ただDVDやCDあまり置いてありませんが…
馬券
この2年半、土曜日にひたすら万馬券を求めて、場外馬券場通いが続いている。今年2月から、西下外語教室の西下先生へのリスペクトをもって冠名に“ニシノ”がついた馬を単勝、複勝、単+複で買いだしたのだが、これが多いのだ。ざっとニシノシュテルン、ニシノブルームーン、ニシノコンドコソ、ニシノエモーション、ニシノプライド、ニシノシズル、ニシノテンカ、ニシノイツマデモ、ニシノレイチェル、ニシノシャア、ニシノグレキング、ニシノナースコール、ニシノハドウホウ、ニシノトワイライト、ニシノアンジェラ、ニシノナデシコ、ニシノオトコギ、ニシノフジヤマ、ニシノオノコ、ニシノウェーブ、ニシノフリーダム…
先週のヴィクトリアマイルは2番人気ニシノマナムスメにヤマニンメルベイユ、そしてウォッカ加えて3連単勝負したのは言うまでもない。
神田の本屋
銀座の“旭屋書店”が閉店したが、神田駅東口の“ブックファースト”も閉店していた。
秋葉原へうつるとのことだが、駅前に本屋がないのは、前期高齢者にはキツイ。
銀座の本屋
日本海時代、銀座の試写室でマスコミの方々や先生方に配給作品を観ていただいている間、よく大型書店で時間をつぶした。銀座通りの“教文館書店”はまだあるが、晴海通りの“近藤書店”はなく、一番よく通った電通通りの“旭屋書店”が最近閉店した。
新しくできたITOCiAの8階に“ツタヤ”ができようが、銀座4丁目交差点銀座コア6階に“ブックファースト”ができようが、前期高齢者には何かしっくりこないのであります。



映画祭の達人
以前、本ブログで紹介した映画祭の達人丹羽高史さん。1986年タシケント映画祭を皮切りに、以来21年間毎年諸外国で開催される国際映画祭に招かれ、合計200回以上の映画祭に参加し、先日、本年の「日本映画ペンクラブ功労賞」を受賞されました。おめでとうございます。


ソ連アニメーション映画祭
30年以上前、ソビエトの短編アニメを集めてとあるホールで上映会を催した。当時、会社にはソ連製の35mmの映写機があり、手塚治虫先生をはじめ、数人の先生方に観て頂き上映作品の選定を行った。第一回上映作品“チモシカのクリスマスツリー”“ベンチ”“くるみ割り人形”“ある犯罪の話”“手袋(ミトン)”“花束”“私は小鳥が生まれるのを待っている”“島”。第二回上映作品“チェブラーシカ”“雪娘”“ペンギン”“フィルム・フィルム”“ウイニーの冒険”“コサックのフットボール”“ケルジェネッツの戦い”
その後、色々なホールにて上映会を行ったが、映画館でのアニメーション上映はその10年後実現した。
タシケント国際映画祭
カンヌ映画祭に「影武者」が出品された年、タシケント映画祭に仲代達矢氏が参加されました。タシケント空港に出迎えたのですが、トランクが出てきません。モスクワ乗換え時に積み残したのではと、関係者が必死に探しましたが出てきません。不自由されたのに、仲代さんはひと言も文句を言われませんでした。(トランクが着かなかったり、少し遅れた事は何度もありましたが、皆大騒ぎで文句を言う人ばかりなのに…)
一年後トランクわ戻ってきた(ルフトハンザがパリで間違えていた)そうです。
モスクワ国際児童映画祭
モスクワ国際児童映画祭でのグランプリは「おばあちゃんの家」だったが、その映画が上映された時、何の映画か忘れてしまったが、日本映画の予告編がついていた。韓国で上映されていた劇場プリントをそのままもってきたのであろう…
そういえば、弊社配給の「こねこ」も待ちに待った最初にとったプりントの缶にオーストリアの児童映画祭のラベルが貼ってあり、缶を開けてみると、プリントには英語字幕があった。ニュープリントではなく、ユーズドプリントが送られてきたのだ。即送り返したが、思えばフィルム・トラブルは色々あったなぁ…
モスクワ国際児童映画祭のつづき
昨日のブログで、モスクワ国際児童映画祭の審査員として参加した扇千恵先生とかきましたが、正確には審査委員長です。大変失礼致しました。ともあれ、ウイスキーのお湯割で悪寒をのりきった私は、コロソフさんから差し入れてもらったウォッカを、部屋の窓の外に積もった雪で冷やし、キンキンに冷えたウォッカを毎晩寝酒にするのでありました。映画祭閉幕前日、扇審査委員長の部屋に、昨年亡くなられたネーヤ・ゾールカヤさんが訪ねてこられました。扇さんが市場で買ってきたサラミなどを肴に、ネーヤさんがもってきたウォッカで再会を乾杯。思えば残念なことに、私にとっては、ネーヤさんとの最後の夜となってしまいました。合掌。